伊豆大島が「日本ジオパーク」に認定されました

伊豆大島は大地の公園

伊豆大島は

「活火山三原山の活動を通して

 自然と大地との関わりを学ぶことのできる場所」

として、2010年9月に日本ジオパークに認定されました。

 

日本ジオパークは、2012年9月現在、25地域あり、伊豆大島もその中の一つです。

伊豆大島は、火山の噴出物や割れ目噴火、

マグマ水蒸気爆発による地形など見どころがいっぱい。

 

伊豆大島の南側でも、

火山活動で大地が動いている証を感じることができます。

★「波浮港」は、火口湖を人口的に拡げて作った港です

見晴らし台からながめた波浮港
見晴らし台からながめた波浮港

  

伊豆大島の南東部海岸で割れ目噴火(9世紀中ごろ)が発生したとき、

マグマと海水が接触してマグマ水蒸気爆発を起こしてできた火口湖。

 

火口湖は、元禄16年(1703年)の小田原地震で発生した津波によって、

海とつながり海水が浸入するようになる。

 

その後、江戸時代末期の1800年に秋広平六の指揮のもと、

がけを切り崩して湾口を拡げ、現在の形の波浮港になった。

 

波浮港は、外海の影響を受けないので、

風の強い日などの避難港としての役割もある。

時折、地元の都立海洋国際高校生徒のカッターや帆走訓練も見られる。

写真はクリックすると大きく見れます

波浮港風景

▼周辺の見どころ

波浮比咩命神社(はぶひめのみことじんじゃ)

秋広平六は、波浮比咩命神社を修復し、火口湖の開削工事の成就と

工事に携わる1万人以上の人々に事故がないよう祈願したという。

 

神社のお祭りでは、子供たちや地元の皆さんが奉納おどりをする。 

踊子の里資料館

踊子の里資料館は、木造3階建ての建物で、

旧館が明治、新館(増築)は、大正時代に建築された旧港屋旅館。

 

館内にはノーベル文学賞を受賞した川端康成の名作「伊豆の踊子」の

モデルになった大島の旅芸人一座が、

芸を披露した様子が再現されたロウ人形がある。

旧甚の丸邸

波浮港を囲む丘の上に立つ明治時代に建造された網元の屋敷跡で、

当時の波浮港の繁栄を偲ばせてる。

 

当時は、ここで「踊り子」を招いて

宴席が開かれることもあったそう。

一階は土間と座敷、二階は蚕を飼育し繭を生産していた。

ぱれ・らめ~る (貝の博物館)

ぱれ・らめ~る(大島町勤労福祉会館内)
ぱれ・らめ~る(大島町勤労福祉会館内)

初代館長の草刈正氏が、長年にわたり収集した貝を中心に、多くの方の寄贈により集められた貝の博物館。

伊豆・小笠原諸島の貝や世界の貝など様々な形や、色の美しい貝が見れる。海の宮殿(フランス語のぱれ・らめーる)にいるような気分を味わえる。

第一展示室は「世界の貝」第二展示室は「世界の二枚貝」「第三展示室は「世界の巻貝」。  (有料)                          

大島町勤労福祉会館

大島町勤労福祉会館には、伊豆大島唯一のボーリング場(4レーン)、その他テニスコート大島町野球場大島町陸上競技場(400mトラック)を管理している。

 

野球場と陸上競技場(場所上の山)は無料で使えるが、予約が必要。 

★噴火の時に空中をとんできた溶岩(ボブサッグ)

飛んできた噴石(トウシキの崖)
飛んできた噴石(トウシキの崖)

 

トウシキのヘリポート付近の崖には、

何百年も前の噴火の際に空中を飛んできた噴石が、

火山灰にのめりこんでいるのが見られる。

(噴石は写真で見るより小さい)

 

現在が、

地球の歴史の

ほんの点でしかないことを、

 

大地が、

ゆうゆうと動いていることを

 

感ぜずにはいられない。                 

★二つの溶岩流が合流してできたトンネル

溶岩流のトンネル(トウシキへ海岸ヘリポート下付近)
溶岩流のトンネル(トウシキへ海岸ヘリポート下付近)

二つの溶岩が合流しぶつかり、トンネルのようになっている。

(溶岩トンネルは写真で見るより大きい)

トウシキの崖は少しずつ浸食し、だんだんと崩れていくのが分かる。

良く見ると何か所か崖に亀裂が入っている。

7月ハマゴウとボタンボウフウの花がさいていた。

 

荒々しい波が、溶岩流のゴツゴツした岩肌にぶつかり砕ける。

かつて、ここは真っ赤な溶岩が流れた。

 

ここに立つと、

過去と未来が交差する。

静かに時が削られる。

この先も、

づっと。づっと。 

 

そして人間は、

ちっぽけだと痛感する。 

★「筆島」は、約200万年前に活発だった筆島火山の火道

海の上に浮かぶ筆の先の形をした岩礁は、高さ30mあり、

筆島火山の火道で、長い間に浸食により削られ残ったもの。

 

海岸遊歩道からは、崖が浸食する光景もまじかで見られる。

 

筆島の「オタイの浦」は、1612年家康のキリシタン禁教令により

「ジュリアおたあ」が最初の流刑地として流されてきた場所として、

昭和15年東京府史跡名勝となった。

 

白く大きな十字架が、青い海に映える。

▼周辺の見どころ

文学の散歩道

波浮の港周辺にある文学の散歩道には、波浮の港を愛する会により有名な歌人たちが残した句碑が建立されている。

 筆島周辺は、三つある文学の散歩道の「潮騒コース」にあたり、与謝野晶子などが歌った句碑があります。

ゆっくりと海をながめながら在りし日の伊豆大島に想いをめぐらしてみよう。

龍王崎灯台と鉄砲場跡地

鉄砲場跡地から島々を望む
鉄砲場跡地から島々を望む

龍王崎には、江戸時代十一代将軍徳川家斉によって、

他国の黒船の来襲に備えて設置された鉄砲場跡がある。

黒船の来襲に備えて投石する小石、大石も再現されている。

 

大東亜戦争(第二次世界大戦)時には、陸軍の監視所があり

防空壕、重機関銃の設置跡、兵舎跡地などもある。

 

龍王崎は、同地点に立ち、

昇る朝日と沈む夕日を眺めることができる珍しい岬。

 

ここにいると、

タイムスリップしたような気持ちになる。

忙しそうに働く人々が目に浮かぶ。

 

強い風は、

あの頃も吹いていたに違いない。

 

時代は変わり続けるんだ。

これまでも。

そして、これからも。

 

★「地層切断面」は火山の堆積物が作り出した縞模様

地層切断面(千波)
地層切断面(千波)

およそ100年から150年程度に起きる大噴火により、

降り積もった火山灰やスコリアが堆積したもの。

高さ30m、長さ600m続く。

地元では「パームクーヘン」と呼ばれている。

 

ここからは、天候がよいと、

利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島まで見ることができる。

 

地層断面が夕焼けに映えると、あかね色に輝いて美しい。

 

人は、この一筋の地層の間も生きられないのだ。

 

★噴火でできたスコリア丘の「岳の平」

旧差木地小学校グラントから望む岳の平
旧差木地小学校グラントから望む岳の平

昔話に出てきそうな、なだらかな稜線の「岳の平」は、

1421年、島の南東部に山腹の割れ目噴火でできた。

 山頂には、噴火口の跡も確認できる。

地元では砂利山と言ったりする。

 手前に映っている広場は、旧差木地小学校のグランド。

東京都の小学校の中で、唯一グランドが2つある広い小学校だった。

 夜、グランドの真ん中にシートを敷いて横になれば、

まさに、天然のプラネタリウム。

 mock mockは、この「岳の平」のふもとにある。

 そうだ。

 昔、むかしこの山は、

木も草も生えていない

 真っ赤な色の、砂利の山だった。

▼周辺の見どころ

春日神社とイヌマキ群叢(ぐんそう)

春日神社の祭神は、江戸時代中期のもので、

毎年お正月には、

地元の男衆(現在は「じねんじょ会」)の手踊りが奉納されている。

 

春日神社境内には、百株以上のおおきなイヌマキが茂っていて、

昭和33年に「春日神社イヌマキ群叢」として

東京都天然記念物に指定された。

 

まっすぐ、太く、

空に向かって伸びる木々。

いったい、

どれほどの寿命があるのだろう。

 

人間の命の短さと比べ、

嫉妬さえも感じてしまう。